多摩川アートラインがめざすもの - 清水敏男

> 2008.08.09

 多摩川アートラインは、アートによって地域の創造力を活性化させようという運動である。

 それは地域に関心を持つさまざまな人々の「想像力」の集積から生まれた。さまざまな想像力が出会い、その発想の交流の集積からその輪郭が浮かび上がり、そして現実のものとなった。

 多摩川アートラインは単なるアートフェスティバルではない。お祭りはそこでエネルギーを放出しカタルシスを得ることが地域の想像力へと発展していくストーリーであり、まだ始まったばかりだ。それは毎日私たちの生に働きかけ、私たちの意識と街を変えていく。そしてそれは今でも常に動き続けているのである。

アートステーション=駅とアート

 多摩川アートラインにアートディレクターとして参画した発端は、蒲田駅での体験にある。20年近く前のこと、公共空間を使ってアートのメッセージを直接送り届けることはできないかと自宅に近い蒲田駅を見に来た。

 そこで目にした光景は、全くアートの入り込む余地のない雑然とした者だった。街が潜在的に持つエネルギーは集中した力を発揮せず、雑踏の中に無為に放出されているように思われたのである。

 駅は現代の都市生活において最も重要な場所の1つであることは言うまでもない。例えば蒲田駅ではJRと東急あわせて1日30万人以上もの人々が利用している。駅は人々の生活の要であり、街は駅を中心として構築されている。しかし蒲田駅は、ただ単に人々が通り過ぎる一瞬の場所でしかなく、そこは無の場所と化しているのである。そこにはいっぺんの想像力も入り込む余地はなく、人々が足早に通り過ぎる場所と化していた。

 私はアートを社会化することをライフワーク都市美術館活動から始めたが、近年は美術館から出てより積極的に都市にアートを入れることを目指している。美術館という非日常空間から外に出て日常そのものをアート化することで、私たちの生活そのものをより想像力豊かな空間とすることが重要と考えているからだ。

 駅は都市において最も重要な拠点である。なぜならばそこには都市において最も多くの人々が集中するところだからである。都市は交通システムによってその生命をゆだねられているが、現代の大都市において重要な交通手段は鉄道であり都市のネットワークは駅を中心に形成されているのである。

 しかし駅はこれまで閉ざされたシステムのなかにあった。鉄道を安全に運行する、便利である、等の機能性に徹したシステムである。もちろんそれが駅の基本であり最も重要な要素であることは言うまでもない。しかし駅は孤島のように街の大海に浮かんでいるのではなく、その周辺に根を張っている大木のような存在である。駅は地域という地理的な広がりや利用する人々の意識という精神的な広がりを持っている。駅は都市と言うより大きなシステムのなかの存在なのだ。

 駅をアート化し、そこを利用する人々の生活を想像力豊かなものにするにはさまざまな方法が想定されるが、駅を閉鎖システムから解放し、都市という大きなシステムに接続することが有効ではないかと考えている。それは多種多様な想像力を駅に注入することを可能とし、また周辺に情報を発信することで周辺とより心理的なレベルで結びつき、駅を支えるそうの創設へと繋がっていくことが予想されるからである。駅のなかにショップなどを設けることが始まっているが、それはこうした動きの一部であるだろう。しかしそれはまだ駅の内部にとどまっている段階である。駅が閉鎖的なシステムから脱出し、より大きなシステムに入っていくためには外部との双方向的なコミュニケーションが必要である。

 アートはそうした外部とのコミュニケーション回路を開くために最も適した存在である。そのコミュニケーション機能の高さはアートがもともと超自然的存在(神)とのコミュニケーションツールだったことに由来するのだが、駅をアート化する、言い換えれば駅を想像力豊かな日常空間にするためには、アートのコミュニケーション機能によって都市のシステムとの対話の回路を開くことから始めることが必要なのだ。そして始めに誰かがそのプロセスを始めなくては何も動かない。多摩川アートラインとはその第一歩を置くという作業なのだ。

 このステップを整理しよう。まず駅にアートを導入することで駅の閉鎖的システムを広範なシステムに開放し接続する。そこでは都市のシステムとの双方向の交流が発生し、様々な想像力(イマジネーション_が駅に流れ込む。そして駅は想像力豊かな場所となり、今度は駅から発信されるエネルギーが地域の創造力(クリエイティビティ)のポテンシャルを高める。これが多摩川アートラインのアートステーション構想である。

アートタウン=地域のアート

 しかし実際は駅を中心とした地域が想像力豊かな場所であるわけではない。残念ながら現状では地域を構成する要素はそれぞれの閉鎖的なシステムの中に居る。つまり地域の経済、文化、教育、商業など様々な活動は脈絡が無く、それぞれがそれぞれの論理で存在しているにすぎないのだ。

 例えば地域の企業は地域とどのような連携をしているだろうか。企業は自己の経済的利益を追求するためにその周囲に高い塀を築いていないだろうか。学校はより地域と結びついた存在かもしれない。しかし学校に子どもを送っていない過程にとって学校八階存在ではない。商店街は商店街以外の例えば企業や学校とどのような対話をしているのだろうか。

 地域における様々な存在は、それぞれの活動の内部で完結している。しかし巨視的に見れば、それらの活動は街というシステムのなかで展開されているのであり、地域という空間的な関係を必然的に持っている。しかし実際は街はシステムとして機能していないのだ。街を構成する人々やさまざまな活動は、自分自身が街を構成する要素であるという意識をもたず、現実はそれぞれが自己の目的のみを追求する混沌としたジャングルと化してしまっている。都市計画的手法は、そうした関係を調整する方策であるが、それは外的に強制された方法である。真の関係性はより深いところで結ばれていなくてはならない。

 アートはここでまた登場の機会がある。アートは街の諸要素間の関係を築くツールとなり得るのである。アートはバラバラになっている人々の心を繋ぎ、街に有機的なコミュニケーションのネットワークを作ることに大きく貢献するだろう。アートは街について皆で考えるために意志を通じ合わせる「ことば」として作用する。人々は、共同でアートプログラムを展開することで、企業や学校、商店街といった個別の存在から脱し、地域の共同体として再生するのである。

 駅がアートのある想像力豊かな場所となるには地域と開かれた関係を結ばなくてはならないと先に述べたが、地域もまたアートによって共同の夢を見ることが可能となるのであり、駅が交流すべき「外部」のシステムとして初めて機能するようになるのである。

アートライン=広域の可能性

 駅と街という2つのシステムの相互浸透的関係から生まれる豊で想像力あふれる日常は、その駅と駅周辺で完結するわけではない。駅とは鉄道というネットワークの構成要素であり、必然的にそのネットワークを通じてより広域へとつながっていく。

 人間はさまざまな活動を営む生き物であるが、最後に残るのは文化である。駅とその周辺から始まったそれぞれのアート化は、やがてネットワークによって結ばれシステムが拡大していくことで「文化」として認識されるべき存在へと成長していくことだろう。つまり駅周辺という偶発的な地域コミュニティーを超えたより広範囲な地域のアイデンティティーとなっていくのである。

 多摩川線はわずか7駅の短い路線であるがこの地域には大きな可能性がある。多摩川の古墳群やその後の歴史が残した過去、京浜工業地帯のエネルギーという現在、そして羽田空港が結ぶ未来のそれぞれのステップにおいて様々な方向へと拡張していく可能性を持っているのである。

 例えばこの地域をクリエイティブ(創造的)な文化を育む場所として意識化していくことが考えられる。それはクリエイティブな人々が過去から現在そして未来まで集積している地域として認識することであり、そうした集積が生み出す新しい価値をこの地域の文化として考えようと言うことである。

 アートはそのプロセスにおいてその柔軟な発想力をかんな区発揮させることができる。アートは人類の心のネットワークであり、古代遺跡も工業製品もそして羽田空港を発着する飛行機がもたらすと遠き地の珍しい造形も、全てアートのレベルではコミュニケーション可能な存在なのだ。

 多摩川アートラインはこうして多摩川線という7駅の範囲を逸脱し、多摩川の上流、対岸、地域、そして羽田空港が結ぶ北京や上海、ソウルへととどまることなく拡大していくのである。

 多摩川アートラインは、始めに述べたように創造力を拡大していく運動である。つまりそれは一過性の出来事ではなく、古墳時代から既に1000年以上たっているように、非常に長い間、常に生き動き続けている生命体の現在進行形のかたちなのである。

多摩川アートラインのアートディレクション

 こうしたコンセプトづくりにはじまったアートディレクションは下記のようなプロセスによって行われた。

1. 多くの人々の参加
 最も重要なことは、多くの人々が参加する環境を作り出すことである。街とは多くの人のエネルギーの集積として成立しているのであり、それゆえに多くの人がアイデアと可能性を持ち寄り新しい街づくりに参加することが必要なのだ。街とは混沌としたエネルギーに満ちた場所であり、やわなアートは存在できないか、全く目立たない場所である。街のパワーを意識化し集約しアートを実現することがアートディレクションであり、それを純化し視覚化する事がアーティストの仕事である。

2. ストーリー
 このプロジェクトにおいてアートが伝えるのは地域のストーリーである。しかしそれはやがて創造力への刺激として地域を越えた価値を発するようになることだろう。地域のストーリーには次のようなものがある。(カッコ内は2007年に書くストーリーに関わった作家)

(1)自然
 多摩川の自然、動植物、魚、風景(枯山水サラウンディング、鴻池朋子、堂本右美)

(2)歴史
 古代史における古墳、近世史における新田神社、昭和の歴史としての田園コロシアム、多摩川園など(浅葉克己、枯山水サラウンディング、渡辺元佳)

(3)文学演劇
 平賀源内『神霊矢口渡』(浅葉克己)

(4)デザイン
 平賀源内以来のデザイン(浅葉克己、内田繁、TSAO Design)

(5)スポーツ
 多摩川でのカヤック乗り、卓球、バスケットボール、地アリーてぃんぐ(浅葉克己、ハービー・山口)

(6)在住アーティスト
 大田区出身または在住アーティスト(逢坂卓郎、堂本右美、ハービー・山口、間島領一)

(7)クリエイティブクラス
 大学、研究所、職人、アーティスト(アトリエ・ワン+山崎徹也)

(8)工業
 大田区の産業(鋳造、アクリル、印刷等)の可視化(浅葉克己、アトリエ・ワン+山崎徹也、鴻池朋子、本橋良介、渡辺元佳、TSAO Design)

(9)人
 沿線に在住もしくは通っている人々(ハービー・山口)

(10)羽田空港
 アジアを中心とした世界への広がり

(11)多摩川線
 駅、電車(逢坂卓郎、神谷徹、フロリアン・クラール、堂本右美、間島領一、吉田重信)

(12)学校・子ども
 地域の学校や子供との連携プログラム(神谷徹、吉田重信)

(13)緑
 駅の緑化(槇島みどり)

3. アート作品の制作
 駅をアートのメディアとする、と言うことから駅舎そのものをアート化することを多く行った。アートは額縁に入った添え物ではなく、駅の環境そのものをダイナミックに変えていくのである。

今後の展開

 多摩川アートラインは3年計画のプロジェクトであり、まだ始まったばかりである。これまでの活動に加え、今後の方向として下記の展開が考えられる。

(1)羽田空港の国際化を契機とした国際的な広がり
 羽田空港からアジアの都市への路線の充実が見込まれることから「アートスカイ」という新しい要素を加え、アジア諸都市との交流を促す。

(2)アートタウンの展開
 いくつかの拠点を手がかりにし、街のなかにアートを展開し、街のあり方を考え変えていく。

(3)学校との連係
小中高校大学など地域の学校と共同でプログラムを展開

(4)地域企業との連係
 街の重要な構成要素である地域の企業のより積極的な参加を促す。

(5)行政との連係
 既に大田区とは密接な関係を持っているがさらに推進し、共同で街づくりにあたる。