クリエーティブは町の中にある - 三宅理一
ABOUT > 2008.08.09
長年、アーティストと一緒に仕事をしていると、アートの現場、特にアートをどこから誰に向けて発信するのかについて大変興味がある。アートワークを見聞きし、体験して初めてその価値がわかるわけだから、場所の設定はきわめて重要である。
古いタイプだとギャラリーがその役割を果たし、公的には美術館がその空間を提供してきた。2年前の青森県立美術館の創設で、我国でも全ての都道府県に県立(府立)美術館ができ、市町村でも美術館の整備に力を入れているので、その意味でのインフラはしっかりしているといってよい。
ただ、現代美術は社会の現場に立ち、世の中に対して強い批評性をもったメッセージを発していくのが使命だとすると、美術館という暖かい箱の中でぬくぬくとしているのも何か物足りない。
幸い、私は都市計画や地域計画を行っているので、そちらの方面からなら、いくらでもアートの出番を用意することが出来る。といっても、いわゆるパブリックアートではない。
公共空間にアートワークを配置して、アートの香里を増すというのは、ここ2、30年来、各地で行われているが、作品のみが固定的に置かれて、アーティストの姿が見えない。アーティストは批評家や学者ではないので直感的にものを言い、感覚的に作品を提示するが、その直感力に皆が期待している。やはり時代は、アーティストという人種の社会の中、人々のなかでがむしゃらに動き回っているのを望んでいるようだ。
最近の傾向で私が注目しているのは、商店街や工場街で既存の環境を活用しながら活動しているアーティストである。アーティストの存在は、美しい景観が支配する伝統的空間よりも、問題の多いところ、人々の生の生活があるところで本来の意味を持つような気がしてならない。
東京はグローバル都市の中でも大変活気のある都市であり、六本木ヒルズや東京ミッドタウンのような世界の耳目を惹きつける場所がいくつもかたちづくられている。しかし、その対極には、古くごちゃごちゃとした町並みがあり、特に下町にそのような市街地が多々残っていて、その再開発が焦眉の課題となっている。
私鉄沿線の駅前などはおおむねそのような町並みがあり、密集した商店街がある。問題は、異なった背景の人々がさまざまな思惑で生きている町並みは建築家が描くほど簡単には動かない、ということである。再開発とはとんでもなく大変な事業なのである。
いきおい都心の密集市街地は面倒を避けて敬遠され、駅前や公害など、てっとり早い場所にスマートな大規模施設が建てられる。英語で「インナーシティ」と呼ばれる中心市街地の劣化の問題は、このようなメカニズムから発生する。
だからこそアーティストを中心市街地に住まわせるのだ、といったらわかりやすいだろうか。アーティストの持っている魔法の粉をふりかけると、それまで封印されていた密集市街地の呪文が解け、町がクリエーティブに向かって一気に動き始める。そうした町並みを歩き回っていると、実はその地に封じ込められたさまざまな痕跡に出会うことが多い。
歴史的な記念碑であるかもしれないし、きわめて個人的な想い出であるかもしれない。そういうものを手がかりとして新しい発想をするのはまさにアーティストであり、エコノミストや技術者にはできない技である。
私たちは、これまで千代田区の秋葉原や横浜の鶴見などでいろいろな実験を行ってきたが、大田区はそれとも違って独特の風情を持った場所柄である。神社や寺院は中世に端を発するのに対して、町工場と鉄道はいかにも20世紀の産物である。
そんなハイブリッドは町を「クリエーティブ」の方向へ舵取りするのは今ならそう難しいことではない。活動の中から新たなプロダクトができて地域振興になればもう獣である。
日本の文化には「裏」を好む側面がある。表通りに対して裏通り、表店に対して裏長屋、といった具合に、ハレにたいしてケを対比させる文化である。汐留や六本木は今日の再開発でもっぱら表の部分を強調しているとすれば、さりげない住宅地やビル街の中に自然発生的に生まれるちまちまとした空間は、やはり裏なのである。
裏原宿、裏恵比寿、裏横浜といった裏の町並みが流行るのは、人間的で時間の流れが刷り込まれた空間に人々がいかに執着しているからだろう。大田区は都心に比べてドラマティックではないが、そのさりげなさこそが新しい可能性を秘めているのである。
日本の人口は2年前から減少に転じ、今や全国の空き家率は13%に達している。放っておけば市街地のポテンシャル低下に歯止めがかからなくなるのは自明であり、根本的な町に住み、その発想の豊かさで町の再生をリードすることを願っている。
三宅理一
慶應義塾大学大学院教授
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