
虹色の光に包まれて - 蓑原敬
ABOUT > 2008.08.09
多摩川アートラインの案内に誘われて、空きの午後、多摩川線歩きに出掛けた。多摩川駅に降り立つと、虹色に照明された階段に出くわした。一瞬、違った次元の世界に迷い込んだ気がして、心理的な眩暈が起こり、心の栓が緩んで、とても幸せな気分になり、足取りも軽くなった。何故こんなことが起こり得たのだろう?
私は都市のデザインを商売の一部にしているが、日本の公共的な空間で、こんな体験をするのは珍しい。ヨーロッパでは、人々が日常的に暮らしたり、あるいは行き交う空間、到るところにデザインがある。
何時も一瞬心が躍ってやがて寂しくなるのが海外の空港で、欧米であろうとアジアであろうと、海外の空港を通る度にそんな体験をする。残念ながら日本の空港では、そんな経験はできないことを嫌でも思い起こさせられるからだ。鉄道の駅でもそうだ。そして、多くのヨーロッパの街は、今、デザインの仕掛けで人を呼び集める発展戦略に出ている。
ビルバオの例を引くまでもなく、1970年代には、今の日本の中小都市と同じように疲弊し、落魄とした空気が漂っていたが、今では到るところで街が蘇り、歴史的な街の伝統的な佇まいと近代的な建築物やデザインされた公共空間が多くの人々を誘っている。
何故、ヨーロッパではそんなことができ、日本では有り得ないのだろうか。
元の新潟県の知事だった平山さんに問われたことがある。「蓑原さん、金沢とか高山とか伝統的な街ではなく、近代的な街で、外国人に見ることを進められるところはどこでしょう?」新潟でも、新潟市の古町や栃尾など、外国人が感動する古い街はあるが、どこに誇るに足る近代的な街を作ってきたのだろうか。
確かに平山知事が手がけた万代島の朱鶯メッセは、建築物としては立派なものであっても、周辺が放置されているので、人が無目的に吸い寄せられる街にはなっていない。返事に窮する場面だ。
東京であれば、東京ミッドタウンや六本木ヒルズに連れて行って、日本の経済力を見せ付けることは出来ても、外国人が本当に感動するのは谷根千(谷中、根津、千駄木)であり、下北沢や戸越銀座なのだ。江戸時代から培ってきた日本の伝統的な台木の空間は、デザイナー無きデザインの優れた所産だったし、今もその水準を辛うじて維持し続けている。
だが、一旦、このような台木的な空間を離れ、接木的な近代空間に入った途端、殆どの場所でデザインが霧散してしまうのだ。日本には世界的に評価の高い建築家は数多くいて、彼らがデザインした空間に入れば、デザインを感じられるのは言うまでもない。だが、普通の空間では、あたかもデザインを拒絶しているかのように、乱暴で索漠とした公共的な空間デザインが酷い。
公共的な空間の形成過程は、発注者の文化的な無関心から、談合による業者の選定という政治的なメカニズムや経済性有線の判断が横行し、それにデザインの素養とモラルに書いた無数の設計者が業者として群がる仕組みになっている。だから、何故こんな事が起こり得たのかという疑問になる。
世の中の実体がよく分かっているだけに、あの虹色の階段を実現した人々が戦った戦場が見えるのだ。そして、もし、それが戦場ですらない前向きな場所だったら!
だが、問題はもっと奥深い。もし、普通の日本人が、このような索漠とした都市空間を本当に嫌っていたら、こんな状態が、こんなに広がり、こんなに長く続くモノだろうか。また、僕は確かに感動し、心が弾んだけれど、あの虹色の階段の経験をそのように感じている人がどのくらいいるのだろうか。
明治の始め、人口3000万の日本は、近代的な意味では明らかに開発途上国だった。経済成長の坂道を駆け上り人口1億2000万の経済大国になった。その過程では、歴史もデザインという文化も忘れていたのだろうか。
しかしこれから急速に少子高齢化社会に入り、また元の3000万、4000万の世界に逆戻りしていくことは確かだ。その過程で嫌でも文化の成熟期を迎えるだろう。その時、かっての美しい台木の空間を思い起こしながら、近代的な空間の中でも、よくデザインされた空間を再び生み出すことが出来るようになるのだろうか。その時、デザイナー無きデザインが得意の日本はどのような仕組みでデザインの質を変えていけるのだろうか。
多摩川アートラインは、様々な難しい課題を克服しながら、このような問題に応えていく道筋の地固めをしているように思えた。関係者の健闘を称えずにはいられない。
蓑原敬
都市プランナー
特集
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- 多摩川アートラインは、多摩川下流域エリアの鉄道(アートライン)・駅(アートステーション)・街(アートタウン)を舞台に市民と企業と行政で取り組む現代アートによる街づくりの活動です。
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- 多摩川アートラインの活動は、多くの個人や企業や団体の有形無形のご支援のもとに成り立っています。そして、この度、ご支援を頂くだけでなく、より多くの方々とプロジェクトを楽しみたいというスタッフや参加アーティストの思いから、サポーターズクラブが発足致しました。